極寒の雪に閉ざされた地……南極。
そこは数年前から吹雪が吹き荒れ、近づくことすらできない不可侵の領域となっていた。
閉ざされた地、それが数多の冒険家に与える影響は大きい。
命を賭して吹雪の突破に挑む者、まだ見ぬ検証データを目的に調査に乗り出す者、己の冒険心に突き動かされた冒険家など……あげればきりがない程であった。
今、氷雪の地でテントを死守している男もそんな冒険家の一人である。
「全く、予想以上の猛吹雪だ! テントが吹き飛ばされちまうぞ!」
「だが……拠点を失うわけにはいかないっ。あと少しでこいつの本体に到達できそうなんだ!」
「知ってるよ、だからこうして飛ばされねえように杭打ってるんじゃねえか!」
男は吹き飛ばされれそうな布のテントの端へ鉄製の杭の様な物を打ち込んでいる。
固定の強化のために打ち込んでいる杭ではあったが、簡単に人でさえも吹き飛ばしかねない猛吹雪の中、それは気休めの様な役割程しか役立っていないように思える。
人数人が余裕で入れそうなテントの中には様々な電子機器が運び込まれ、それらは休むことなく稼働している。氷雪用の処理が施されているとはいえ、よくもまあこんな猛吹雪の中でも機能するものだと男は思う。
その電子機器から伸びる管は近くの雪に埋もれている大きな氷の塊へと繋がっていた。
その塊の中には見た事もないロボットの様な物が鎮座している。
「それでなんなんだ? こいつ。見た感じはばかでっかい西洋の鎧騎士って感じだがよ」
「さぁな……おい、見ろよ。氷の塊かと思ったらこいつを包んでるこの水色の奴は水晶だ。それも純度が恐ろしく高い。強度も通常の水晶なんて比べ物にならない程だぞ!」
興奮気味に話す男……新討怪介をぐいっと手で押しのけ彼もまたモニターを眺める。
「水晶? これが全部? おいおい、どんだけのお宝なんだよこれ」
「値打ちだけで言えば、一生遊んで暮らせる分を引いてもお釣りがくる。だが、悪いな。これは政府直轄のプロジェクトだ。こいつを報酬としてお前にくれてやることはできん」
「わかってる、そこらのケチな冒険家共と一緒にするんじゃねえよ」
「……そうだったな。俺はもう少しこいつの相手をしなくちゃならん。だが近くのクレバスにも気になる反応があった。大きな生体反応だ……何かいるのかもしれん」
温かなコーヒーを喉に流しながら、男は新討の話を聞いて即座に言いたいことを理解する。
「わかったわかった、見てくればいいんだろ? ほら、検査機を貸せよ」
「そこにあるのを一つ持って行け。だが気を付けてくれよ。生体反応ってことは生きてる何かがいるって事だ……そいつが友好的とは限らないからな」
「そんな事、百も承知だ。じゃ、ちょっくら行ってくる」
機械の様な物と睨めっこしている新討をその場に残し杭を打ち終わった男は数人の部下を集めた。
「おし、お前ら。新討からデータの採取の為にこの検査機をクレバスに放り込んで来いってお達しが出た。気を引き締めていくぞ!」
「おおおおおお!」
気合十分に出発した男達はテントが設営されている場所のすぐ近くの崖下にあるクレバスへの上へと辿り着いた。
大きな口を開ける様に広がっているクレバスはまるで自分達を飲み込もうとしているかのように思える。
男達は慎重に、かつ迅速にクレバスの近くへと降り立っていく。
そして全員がクレバスの近くに降り立った時、男達は聞き慣れない音を聞いた。
それは獣が鳴く様な、それでいて現存する地球上のどの獣とも違う高い音の鳴き声であった。
全員が身構える中、男の一人がクレバスから伸びる根の様な物を発見する。
「なんだ、これ? こんな場所に植物が……?」
もう少し近くで様子を見ようとした男の腕にその植物は素早く巻きつくとそのまま男をクレバスの中へと引きずり込んでいった。
「うわぁあああああああーーー!」
男の悲鳴に気が付いた他の男達は自衛の為に持たされていた銃を腰から抜くと素早く構える。
だが直後に雪煙が突如として発生し、視界が真っ白に染め上げられた。
「うわあああ! く、くるなぁ!
「はなせ、はなしてくれ! いやだぁぁ!」
視界が零の中、発砲音と男達の悲鳴が木霊する。
「おいおい、何が起きてんだよ。藤堂、生きているか!?」
「神薙さん……俺、あいつが、あいつが……!」
恐れに顔を曇らせ、今にも泣き出しそうな藤堂の肩を優しく叩くと神薙は問いかける。
「大丈夫だ、落ち着いて話してくれ。一体、何を見たんだ?」
「うう、変な植物みたいなやつが――――」
そこまで言った所で男の体が宙へと浮き上がる。クレバスから伸びた植物の根の様な物が彼に巻き付き、空へと放り上げたのである。
「うわああぁぁああぁぁーー! た、助けてぇッ!」
神薙は冷静に銃を構えると照準を根の根元に合せてトリガーを引いた。
たんっという発砲音と共に射出された弾丸が植物の根元を引き千切った。
捕まっていた藤堂は上空から地面に叩きつけられたが豊富に積もった雪がクッションとなり、大きなダメージはない様に見える。
「おい、しっかりしろ。今、上に連れて行って……」
直後、植物の根が無数にクレバスから飛び出すとそれらは神薙の四肢を拘束した。
神薙は必死にもがくが、身動き一つすらできない。
植物の根達はずるずると神薙をクレバスの方へ引きずっていく。
もがきながらも一目どんな奴か見てやろうと神薙がクレバスの中へ視線を向けると、そこには船など小さいといわんばかりの大きな黒い影と赤く光る瞳が見えた。
(なんだってんだ、あれは!? このままじゃ……まずいぞ!)
「う、あ……いつつ……」
その時、地面に叩きつけられた衝撃で気絶していた藤堂が目を覚ましたのである。
藤堂はよろよろと立ち上がると、植物の根の群れをみて腰を抜かす様に後ずさった。
「……ッ! 神薙さんッ! 今、俺が助けに――」
「待て! こっちに来ればお前まで巻き込まれてしまう。お前は戻って新討に撤退の申請をするんだ! ここはキャンプに近い……こいつがあそこまで行くかもしれんからな」
「神薙さんはどうするんです! そんな状態じゃ……!」
「甘く見るな、俺は神薙だぞ? 不死の神薙とも呼ばれた冒険家……こんな植物如きに負けるかよ」
藤堂は一瞬無言になり、自分の銃と植物の根の群れに捕まる神薙を交互に見た。
そして彼は神薙に背を向けると上から垂れる昇降用ロープへと走り出す。
「そうだ! それでいい! 任せたぞっ!」
そのまま藤堂は昇降用ロープを上がっていく。
上がりきった所で彼は神薙の方を振り向いた。
神薙は拘束されながらも銃で応戦し、必死に抵抗しているがじわじわとクレバスへと近づいていっていた。
「神薙さんッ!」
崖の上から藤堂は銃を放った。数発の弾丸が植物の根を直撃し、何本かを引き千切る。
彼の攻撃に反撃する様に三本の植物が彼に向かって一直線に向っていく。
「させるかよォっ!」
神薙はある程度自由になったその身で走り、藤堂を狙う植物の根を掴むとクレバスの方へ跳んだ。
「あとは任せたぞ、藤堂ーーッ!」
「神薙さーーんッ!」
神薙は植物の根の群れと共にクレバスの中へと消えていった
◆
男が目を覚ます。
無機質な機械の音だけが響く部屋で、その豪華な内装は男の位の高さを示している様だった。
男は額から流れる汗を拭う。
ああ、またこの夢なのかと男は誰もいない部屋で一人、溜め息をついた。
クレバスに跳ぶ神薙の最後の姿……それが彼の頭に消えずに残っている。
それは彼を責めるかのように、何度も、何度も……繰り返されていた。
(神薙さん……俺は、貴方を……助けられなかった……俺は……無力だった!)
右胸の辺りをぎりっときつく握り締め、胸の奥の痛みに耐える様にして彼はベッドからその身を起こす。
棚にあったウィスキーのボトルを取ると、そのまま一気にあおった。
まるで嫌な気分と痛みを洗い流すかのように。
口からのボトルを離し、一息つくと壁面に埋め込まれているモニターが点灯した。
そこには長い黒髪の女性が映っていた。
女性は彼と同じ制服を身に纏っている。
「お休み中の所、申し訳ありません。藤堂司令」
「……なんだ?」
「はい、害獣が……出現しました」
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